研究課題

「反強磁性体における体積機能の開拓」

反強磁性体から何か役に立つような機能を引き出せないかと考えていて、その候補の一つが磁場誘起歪(磁歪)です。磁場中における物体の形や体積の変化は金属強磁性体ではありふれた現象であり、磁歪と呼ばれます。例えば鉄やニッケルでは、磁場を加えることで最大で数10 ppmの長さの変化が生じます。数10 ppmとは数10万分の1であり、とても小さく感じられるかもしれませんが、強磁性体のなかには数1000 ppmに達する巨大な歪を示す物質もあります。これは超磁歪材料と呼ばれ、磁場の変化を機械的な動きに変換する磁歪アクチュエータなどに利用されています。一方、反強磁性体では大きな歪が磁場により誘起されることはまずありません。強磁性体における磁歪の発現には強磁性磁区の磁場による整列が重要な役割を担っていますが、反強磁性体は強磁性体と異なり自発磁化をもたない(磁石にならない)ためです。しかし、反強磁性体のなかには、大きな磁場誘起歪を示すと期待されるものもあります。例えば、幾何学的フラストレート格子に局在スピンが配列した反強磁性体では、通常の反強磁性秩序の形成が阻害されています。その結果、量子スピン液体などの様々な変わった磁気状態が現れることが知られていますが、下図に示したように格子を歪ませることでフラストレーションを解消し、磁気秩序することもあります。この場合、磁気秩序が格子の変形を伴うので、磁気秩序に対する磁場効果が、大きな磁場誘起歪として現れる可能性があります。

幾何学的フラストレート反強磁性体に現れると期待される量子スピン液体(右上)と、格子歪を伴う反強磁性秩序(右下).

我々は、幾何学的フラストレーションが働く物質を中心として様々な反強磁性体を合成し、磁場中線歪測定を行ったところ、Crが磁性を担う複数の反強磁性体において、反強磁性体としてはとても珍しい大きな磁場誘起歪を発見しました。この磁場誘起歪は金属強磁性体における通常の磁歪と異なり大きな体積変化を伴う特徴をもち、例えば三角格子反強磁性体AgCrS2では、磁気秩序温度の42 Kにおいて9 Tの磁場を加えることで700 ppmに達する大きな磁場誘起の体積変化が実現しました[1]。Cr化合物反強磁性体において大きな磁場誘起歪が発現する機構は金属強磁性体の磁歪の場合と異なりますが、その機構は物質によって様々です。例えば、AgCrS2の場合には大きな体積変化を伴う反強磁性秩序が一次相転移として起こりますが、この相転移における常磁性相と反強磁性秩序相の二相共存状態が大きな磁場誘起歪の発現に重要な役割を担っている可能性が高いです。これは限定された状況で起こった現象ではありますが、新たな巨大歪の発現機構といえます。今後、さらなる新物質開拓により、既存の磁歪材料を超えるような高いポテンシャルをもつ新材料候補を発見できると期待しています[2]。

三角格子反強磁性体AgCrS2における巨大な磁場誘起体積変化.この物質では,局在スピンをもつCr3+イオンが三角格子を形成する.三角格子に起因する幾何学的フラストレーションや,Cr硫化物であることによる反強磁性・強磁性相互作用の競合が磁場誘起体積変化の発現に重要な役割を担っていることが示唆される.

[1] "Large Magnetic-Field-Induced Strain at the Magnetic Order Transition in Triangular Antiferromagnet AgCrS2",
Y. Okamoto, T. Kanematsu, and K. Takenaka, Applied Physics Letters 118, 142404 (2021).
(名古屋大学プレスリリース:磁場により体積が大きく膨張する新機構の発見)

[2] "Large Magnetic-Field-Induced Strains in Sintered Chromium Tellurides",
Y. Kubota, Y. Okamoto, T. Kanematsu, T. Yajima, D. Hirai, and K. Takenaka, Applied Physics Letters 122, 042404 (2023).
(東京大学・名古屋大学プレスリリース:磁場により体積が大きく膨張する新材料の発見 ―新たなアクチュエータ材料としての応用に期待―)

各研究課題の紹介へ

研究目標に戻る