研究課題

「高性能熱電変換材料の開拓」

金属や半導体といった電気伝導性をもつ(電気が流れる)物質では、物質中をほとんど自由に動ける伝導電子が電気伝導を担っています。「熱電変換」は、この伝導電子が電気だけでなく熱(エントロピー)を運ぶことを利用した熱・電気エネルギーの直接変換です。温度差から電力を取り出したり(熱電発電)、電力により物体を冷やしたりできます(熱電冷却)。例えば、火力発電ではボイラーにより生じた蒸気がタービンを回すことで発電しますし、一般家庭にある冷蔵庫では冷媒ガスを膨張させることで冷却しますが、とても大雑把にいうと、熱電変換では蒸気や冷媒ガスの代わりに伝導電子によって発電や冷却を行います。

熱電変換による発電・冷却システムは全固体の電子デバイスです。そのため、我々の身の回りにある様々な温度差や廃熱から発電する環境発電や、各種のセンサやデバイスの冷やしたい箇所だけを冷却する局所冷却などの幅広い用途への応用が期待されています。しかし、熱電変換の実用は、現在のところ、室温付近におけるCCD素子の冷却や、核燃料の崩壊熱を利用した宇宙用電源といった特殊な用途にとどまっています。現在使われている実用熱電素子には1960年代に開発されたBi2Te3系などの熱電変換材料が使われており、これはかなり高い熱電変換性能を示すのですが、他の発電・冷却技術と比べてエネルギー変換性能が低いことが原因です。電子デバイスなので性能を維持したまま小型化できる、メンテナンスフリーであるといった熱電変換ならではの特長を生かした幅広い用途に使われるために、より高いエネルギー変換性能をもつ新材料の開発が期待され、多くの研究グループにより取り組まれています。

左上:合成されたTa4SiTe4単結晶.左下:Ta4SiTe4の結晶構造.右:Ta4SiTe4の電気抵抗率(左・青)とゼーベック係数(右・赤,単位温度差あたりの熱起電力).

我々も、高性能な熱電変換材料の開拓に取り組んでいます。高いエネルギー変換性能を実現するためには、高い電気伝導率、大きな熱起電力(ある温度差をつけたときに物質に生じる起電力)、低い熱伝導率を同時に達成する必要がありますが、これらは普通の物質にとっては相反する状況ですので高い性能を実現するのは簡単ではありません。我々は、低次元性の強い結晶構造をもつ、通常ではありえないほど小さいバンドギャップをもつなど、変わった特徴をもつ物質に着目しています。例えば、上図に示したTa4SiTe4という物質が室温から-200℃の低温領域で、これまでにない高い熱電変換性能を示すことを明らかにしました[1,2]。この物質では、一次元ファンデルワールス結晶といえるとても一次元性の強い結晶構造と、グラフェンに代表されるようなディラック半金属の状況が共存した一次元ディラック半金属とよべるユニークな状況が実現しており、これが高い性能に結びついたと考えられます。残念ながらTa4SiTe4は、左上図に示したようなとても細い結晶でしか合成できないので実用材料にはなりませんが、同じような電子状態をもつ物質に着目することで、次世代の実用熱電変換材料の候補となるような新物質の開拓を目指しています。

[1] "Large Thermoelectric Power Factor at Low Temperatures in One-Dimensional Telluride Ta4SiTe4",
T. Inohara, Y. Okamoto, Y. Yamakawa, A. Yamakage, and K. Takenaka, Applied Physics Letters 110, 183901 (2017).
(名古屋大学プレスリリース:低温で高い性能を示す熱電変換材料の発見)

[2] "Hole-Doped M4SiTe4 (M = Ta, Nb) as an Efficient p-Type Thermoelectric Material for Low-Temperature Applications",
Y. Okamoto, Y. Yoshikawa, T. Wada, and K. Takenaka, Applied Physics Letters 115, 043901 (2019).
(名古屋大学プレスリリース:低温用の熱電素子に使用できる高性能材料の発見)

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